【幸せを紡ぐ物語】&【創作レッスン】

【物語】喝采

絵画作品「喝采」写真

ある街のはずれ、真夜中になると、どこからかかすかに歌声が聞こえる。
その店がどこにあるのか、誰も知らない。

夜、もう日付が変わる頃になると客たちが集まり、店の中は活気づく。

グラスをかたむけながら語り合う紳士淑女。
婦人たちの軽やかな笑い声に、店の空気が楽しげに揺らめいた。

きらびやかなドレスに毛皮のショールを羽織った婦人の指先は大きな石のついた指輪で彩られ、紳士たちが着るスーツのしなやかな生地からは、一目で高価だとわかる滑らかな光沢が放たれていた。

やがて、店のオーナーが客たちに静粛を求め、1人の歌い手が舞台に現れた。

客人たちは拍手喝采でこの店のスターを迎える。
軽く膝を曲げて挨拶をすると、舞台の上の女は深い声で歌い始めた。

女が歌手を夢見てこの街へやってきたのは5年前。
けれど、一人田舎からでてきて誰も知るものもいない女が歌手として成功するなど、一筋縄でいくわけがない。

女は昼間は街のレストランでウェイトレスとして働きながら、夜になるとチャンスをつかもうといろいろな店を回った。
一曲でいいから自分の歌を聴いて欲しい…、女は歌う場がありそうな店をみつけては頼み込んだが、門前払いがいいところ、彼女を歌手として雇ってくれるところなどなかった。

夢のきっかけさえもつかめないまま日々が過ぎたが、女は歌手への夢を捨てることはできなかった。

心が折れそうになるといつも、街はずれの誰もいない墓地に面した空き地で歌を歌った。
歌手になった自分がきらびやかな舞台のスポットライトの中で、喝采を浴びる場面を心に描きながら…。

田舎にいたころは、青空の下で思う存分歌ったものだ。
でも今、見知らぬ街の小さなアパートで暮らす女が歌える場所は、この空き地だけだった。

そんなある日、もう日が暮れた頃、空き地で1人歌う女に声をかけるものがいた。

声をかけてきたのはクラシックなスーツに身を包んだ上品な紳士で、この近くにある高級クラブのオーナーだと自己紹介をした。
紳士は女の歌を賞賛し、自分の店の歌手として舞台に立たないか、と誘ってきたのだ。
女は飛び上がって喜び、一も二もなくその申し出を受けた。

「この空き地の近くにそんな高級クラブがあったかしら?」

そんな疑問が一瞬頭をよぎったけれど、歌えるのであれば、そこがどこであろうとかまわない。
自分の歌声を聞いてもらえるのであれば、それが誰であろうとかまわない。

それから毎晩、こうして店の舞台で歌い続けている。

今夜も日付が変わる頃になると客たちが集まり、店の中は上品な賑わいに満ちあふれた。
グラスをかたむけながら語り合う紳士淑女、女性たちの軽やかな笑い声が店の空気を楽しげに揺らしている。

しばらくすると、店のオーナーが客たちに静粛を求め、1人の歌い手が舞台に現れた。

万雷の拍手の向こう、きらびやかなドレスの向こうの顔が見えることはない。
軽く膝を曲げて挨拶をすると、舞台の上の女は深い声で歌い始めた。

女は知っている。
この店の客たちが墓場で眠る亡霊だということを。
街のものたちが存在さえ知らないこの店で、自分が永遠に歌い続けなくてはならないことを。

「私は歌い続ける。けれど、私の魂は亡霊に奪われはしない。私の魂は歌の中にあるのだから」

喝采。
その輝きの影で、大きな悲しみとともに何かを失ったのかもしれない。
それでもなお、歌声とともに輝こうとする女を、天使たちは祝福することだろう。

終わり


〈絵と文/松本圭・物語制作2016年〉

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