幸せを紡ぐ物語

物語【ある光】第5話

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夏が近づいたある日、長患いをしていた祖父が亡くなったと故郷の母から連絡があった。
その週末は毎週かかさず通っていた彼女の部屋に行かずに、故郷への電車に乗った。
ここ数年、盆も正月も帰らずにいた故郷へ向かうのは気が重かったけれど、子どもの頃よく可愛がってくれた祖父の葬式には出たかった。

数年振りの故郷は、自分の思いとは裏腹に、何も変わっていなかった。
僕の記憶よりも少しばかり年を取った両親や親戚は、相変わらず僕を幼い頃のあだ名で呼んで、再会を喜んでくれた。
そして、つかの間だけ再会を喜ぶと、あとは何事もなかったように祖父の思い出話や世間話に戻っていった。
母だけは僕が痩せていると気にかけて、食事のたびに何度もご飯のお代わりを薦めてくれたけれど、それ以外は僕は祖父の葬儀に集まった親族の1人にすぎなかった。
居心地の悪い数日を過ごすことを覚悟していた僕は拍子抜けし、祖父の葬儀のバタバタ劇を演じる脇役を密かに楽しんだ。

祖父の葬儀が終わり、明日は生活の場へ帰ると言う日、僕は1人で海を見に来た。
彼女が紡ぎだす光の中で、何度も見た故郷の海だ。
日常の息苦しさの中であんなにも夢見た海も、何も変わっていなかった。
ただ、子どもの頃と同じように波がザブザブ音を立てて打ち寄せるだけだ。
勝手に故郷に距離を感じて壁を作っていた自分がバカに思えて、海を見ながら1人で笑い、その後彼女のことを思った。

次の土曜日、2週間振りに彼女の部屋を訪ねた。
正直なところ、彼女の光を求める気持ちは薄れていたのだけど、彼女には会いたかった。
いつもと同じ時間にドアのチャイムを鳴らしたけれど、返事がない。
ドアノブをそっとまわすと鍵は開いていた。

…第6話へ続く
〈絵と文/松本圭〉

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